ハローワークへの恨み
千葉県で、ハローワークの女性職員が、求職者の女性からガソリンをかけられ火をつけられ、火だるまになって重傷を負うという事件が起こった。容疑者の女性は「仕事を探していたが見つからず、自暴自棄になって脅かそうとした。自分も死のうと思った」と語っている。深刻な雇用情勢の中、とうとうハローワークにも不満の矛先に向けられたというわけだ。職員にとっては気の毒なことだが、ハローワークに対する恨みつらみというのはわからぬではない。私にとってハローワークとは、余計なことに口を出す一方、肝心なことは何もやってくれない無力な公共機関であるからだ。
このブログのタイトルは、私自身のある個人的な出来事に基づいているが、それもハローワークにまつわるものである。すでにどこかで書いたと思うが、もう一度述べておこう。
私は、以前、偶然にも企業舎弟系の会社に就職する羽目になった。この会社は大袈裟でなく、正真正銘のさる広域暴力団系列で、今年になって、社長が逮捕されマスコミでも報道された。なぜこんな会社に入ったのかというと、ハローワークの紹介である。しかし、そのこと自体を恨んでいるわけではない。有象無象の企業から、求人依頼が来るわけだから、それをいちいちチェックすることは不可能であろう。私自身企業舎弟であることを明確に知り得たのは、社長逮捕のニュースにふれてからのことである。しかし、とんでもない会社であることは、在職中から感じていた。
幸か不幸かそこは短期間で解雇され、その際、解雇予告手当が支払われなかったため、労働基準監督署に相談に行った。そして、名刺を差し出した途端担当者の表情が変わった。つまり、その会社の退職者からのクレームが殺到していたというわけだ。そして、一言、
「こういう会社は、私どもの行政指導では手に負えないので、ご自身で裁判していただくより他ないと思われます」
と言ったのだ。要するに、門前払いということだ。
しかし、話はそれで終わらない。労働基準監督署が匙を投げてしまった以上解雇予告手当の請求は諦め、同じ建物内にあるハローワークに行くと、なんとその企業の求人がまだ紹介されていたのである。私は怒り心頭に発した。これでは、ハローワークがヤクザ企業の片棒をかついでいるのと同じではないか。
私と同時にその会社に入った者が何人かいたが、会社の実態を知ると、みんな辞めていった。中には、大手証券会社を辞めて、この会社に来た者もいた。ハローワークが紹介を中止しなければ、犠牲者がどんどん増えていくのである。よく縦割行政の弊害が指摘されるが、労働基準監督署とハローワークは共に厚生労働省東京都労働局内の部署である。同じセクションにも関わらず、全く連携が取れていないというのはいかがなものであろうか。
ちなみに、インターネットの就職情報サイトでこの会社のことを検索したことがあるが、人の入れ替わりが激しい会社の可能性があると警告を発していた。民間の情報サイトですら注意を呼び掛けているのに、公共の機関が指をくわえて傍観しているというのはどういうことだろうか。行政による不作為の罪は大きい。
私は比較的多くハローワークを利用している方だと思うが、不満は他にもある。もちろん個々の職員の中には、親切に対応してくれる者もいるが、仕組みそのものに問題があるという印象を拭えない。
例えば、男女雇用機会均等法の5条に「事業主は、労働者の募集及び採用について、女性に対して男性と均等な機会を与えなければならない」という規定があるため、ずいぶん前から、募集に男女の区別を明記できなくなっている。これは、民間の就職情報誌も同様の規制を受けているが、これに不便を感じている人は少なくないと思う。事業者は結局は自分の希望する人材しか採用しないのだから、求職者は、最初から見込みのないところに連絡を取ったり履歴書を送ったりしなければならないことになる。無駄足を踏むのは馬鹿らしいので、男女どちらの募集なのか憶測したり確認したりすることになるが、それにしても余計な手間が増える。民間の情報誌などの場合、すでに、女性募集の場合女性の写真を掲載するというルールまで確立されているが、知らない者にはこのメッセージは伝わらない。
そもそも性別によって仕事の適性があるなどというのは当たり前の話であり、それをいちいち規制することの方がおかしいのである。さらに言えば、求人票の表記に規制を加えるだけで、女性の就職を促進できると考えているのもおかしな話である。会社経営者はしたたかである。この程度の規制で、方針を変えたりしない。このようなきれいごとは、利用者の混乱や負担を招くだけで何の役にも立っていない。ハローワークのくだらぬ人権配慮によって、みんなが迷惑しているのである。
ハローワークはこれに懲りず、さらに余計なことをしてくれた。それは、年齢指定の制限であり、求人票に「~歳まで」という掲載ができなくなってしまった。もちらん、年齢差別につながるからという理由からだが、これが何のメリットもないことは、前述の場合と同じなので繰り返さない。これも民間情報誌に適用されているが、その場合、若い人の写真を掲載したり、「20代中心の若い人の職場です」と書いたりすることによって募集年齢が憶測できるようになっているようだ。
ハローワークでは、当然ながら、このような間接情報を掲載するわけには行かないので、求人票から事業者の本音を読み取ることはできない。そのため、苦肉の策として、職員が、会社に電話をかける際、年齢が高いと採用の見込みが薄いかどうか確認したりして対応している。
まさに茶番という他ない。意味のない規制を設けた結果、そのしわ寄せが利用者や現場職員に来ているのだ。
マザーズハローワークなども同様である。数年前まで、私は、交通の便のよい渋谷のハローワークをよく利用していたが、ある日突然女性専用のマザーズハローワークに変わってしまい、男性は利用できなくなってしまった。だいたい求人票に男女の区別を記載することすら禁じている人権感覚にやかましい役所が、建物を男女別々にすることには何も感じないのであろうか。そもそもハローワークを男女に分けることによって、どんなメリットがあるというのだろうか。女性専用車両とはわけが違う。マザーズハローワークという名前だけはカッコいいが、何となく時代の空気に便乗しただけだという気がしないでもない。
ハローワークの正式名称は、今でも公共職業安定所である。このようないかめしい名前がついているのだから、国家権力を使って企業に対する規制や行政指導が行われているのかと言えば、そんなことはない。求人に男女差別や年利差別をなくすように強制する権限など当然持ち合わせていない。それで、求人の表記に規制を加えることによってお茶を濁しているだけで、利用する側からすればありがた迷惑な話である。
ならば情報量が多いかと言えば、民間の求人情報誌が多数発行されている中、この点においても情報誌に遥かに後れをとっている。
求人情報誌では、前述したように規制の隙間をくぐって、利用者の便宜を図るべくさまざまな工夫がなされているので、今後差はどんどん開いていくことだろう。
また、ハローワークでは求職者に仕事を紹介した際、紹介状を発行し、面接の際それを先方に手渡すことになっている。そして、事業者は、採用・不採用の結果をハローワークに報告し、不採用の場合はその理由を書かなければならない。これなども、双方に負担を強いるだけで、何の役にもたっていない。採用・不採用は会社にとって影響が大きいので、こんなハガキ一枚で圧力がかかるはずがないのである。
そもそもこんな小手先の方法によって、就職状況が改善されるわけがはない。もし規制をするなら、もっと強力なものにするか、事業者にメリットを与えるかである。
規制として是非やってもらいたいこととして、悪徳企業対策がある。今日、悪事は、ほとんどの場合、個人ではなく会社という組織を通して行われている。それに一般市民を巻き込むようなことは、何としてでも防がねばならないはずだ。ハローワークや労働基準監督署はそのような情報が寄せられるポジションにあるのだから、それを積極的に収集・活用すべきであろう。それをしていないのは、怠惰と言えないだろうか。
一方、事業者にメリットを与える点に関しては、積極的に雇用した企業に対しては、税制上の優遇措置などのインセンティブを与えることだろう。きれいごとだけは並べるが、自分の財布を痛めることは一切しない、これが労働行政の本音と言っていい。
ここまで書いてきて、このような行政のあり方は、このブログでしばしば指摘している「肥大化したヒューマニズム」の構造ときわめてよく似ているのではないかという気がしてきた。あるいは、私自身が似たものに反応することの現れなのかもしれない。私からすれば、求人票に性別や年齢の記載を禁止することは、過剰なヒューマニズムである。今日、この手の人権感覚が、社会のあらゆる局面に蔓延しているのではなかろうか。表層言語のみで語られるこういった無用な人権感覚の正体について、我々はもっと注意を払うべきなのだ。


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