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2009年7月

2009年7月26日 (日)

ハローワークへの恨み

 千葉県で、ハローワークの女性職員が、求職者の女性からガソリンをかけられ火をつけられ、火だるまになって重傷を負うという事件が起こった。容疑者の女性は「仕事を探していたが見つからず、自暴自棄になって脅かそうとした。自分も死のうと思った」と語っている。深刻な雇用情勢の中、とうとうハローワークにも不満の矛先に向けられたというわけだ。職員にとっては気の毒なことだが、ハローワークに対する恨みつらみというのはわからぬではない。私にとってハローワークとは、余計なことに口を出す一方、肝心なことは何もやってくれない無力な公共機関であるからだ。

このブログのタイトルは、私自身のある個人的な出来事に基づいているが、それもハローワークにまつわるものである。すでにどこかで書いたと思うが、もう一度述べておこう。

私は、以前、偶然にも企業舎弟系の会社に就職する羽目になった。この会社は大袈裟でなく、正真正銘のさる広域暴力団系列で、今年になって、社長が逮捕されマスコミでも報道された。なぜこんな会社に入ったのかというと、ハローワークの紹介である。しかし、そのこと自体を恨んでいるわけではない。有象無象の企業から、求人依頼が来るわけだから、それをいちいちチェックすることは不可能であろう。私自身企業舎弟であることを明確に知り得たのは、社長逮捕のニュースにふれてからのことである。しかし、とんでもない会社であることは、在職中から感じていた。

幸か不幸かそこは短期間で解雇され、その際、解雇予告手当が支払われなかったため、労働基準監督署に相談に行った。そして、名刺を差し出した途端担当者の表情が変わった。つまり、その会社の退職者からのクレームが殺到していたというわけだ。そして、一言、

「こういう会社は、私どもの行政指導では手に負えないので、ご自身で裁判していただくより他ないと思われます」

と言ったのだ。要するに、門前払いということだ。

しかし、話はそれで終わらない。労働基準監督署が匙を投げてしまった以上解雇予告手当の請求は諦め、同じ建物内にあるハローワークに行くと、なんとその企業の求人がまだ紹介されていたのである。私は怒り心頭に発した。これでは、ハローワークがヤクザ企業の片棒をかついでいるのと同じではないか。

私と同時にその会社に入った者が何人かいたが、会社の実態を知ると、みんな辞めていった。中には、大手証券会社を辞めて、この会社に来た者もいた。ハローワークが紹介を中止しなければ、犠牲者がどんどん増えていくのである。よく縦割行政の弊害が指摘されるが、労働基準監督署とハローワークは共に厚生労働省東京都労働局内の部署である。同じセクションにも関わらず、全く連携が取れていないというのはいかがなものであろうか。

 ちなみに、インターネットの就職情報サイトでこの会社のことを検索したことがあるが、人の入れ替わりが激しい会社の可能性があると警告を発していた。民間の情報サイトですら注意を呼び掛けているのに、公共の機関が指をくわえて傍観しているというのはどういうことだろうか。行政による不作為の罪は大きい。

 私は比較的多くハローワークを利用している方だと思うが、不満は他にもある。もちろん個々の職員の中には、親切に対応してくれる者もいるが、仕組みそのものに問題があるという印象を拭えない。

 例えば、男女雇用機会均等法の5条に「事業主は、労働者の募集及び採用について、女性に対して男性と均等な機会を与えなければならない」という規定があるため、ずいぶん前から、募集に男女の区別を明記できなくなっている。これは、民間の就職情報誌も同様の規制を受けているが、これに不便を感じている人は少なくないと思う。事業者は結局は自分の希望する人材しか採用しないのだから、求職者は、最初から見込みのないところに連絡を取ったり履歴書を送ったりしなければならないことになる。無駄足を踏むのは馬鹿らしいので、男女どちらの募集なのか憶測したり確認したりすることになるが、それにしても余計な手間が増える。民間の情報誌などの場合、すでに、女性募集の場合女性の写真を掲載するというルールまで確立されているが、知らない者にはこのメッセージは伝わらない。

 そもそも性別によって仕事の適性があるなどというのは当たり前の話であり、それをいちいち規制することの方がおかしいのである。さらに言えば、求人票の表記に規制を加えるだけで、女性の就職を促進できると考えているのもおかしな話である。会社経営者はしたたかである。この程度の規制で、方針を変えたりしない。このようなきれいごとは、利用者の混乱や負担を招くだけで何の役にも立っていない。ハローワークのくだらぬ人権配慮によって、みんなが迷惑しているのである。

 ハローワークはこれに懲りず、さらに余計なことをしてくれた。それは、年齢指定の制限であり、求人票に「~歳まで」という掲載ができなくなってしまった。もちらん、年齢差別につながるからという理由からだが、これが何のメリットもないことは、前述の場合と同じなので繰り返さない。これも民間情報誌に適用されているが、その場合、若い人の写真を掲載したり、「20代中心の若い人の職場です」と書いたりすることによって募集年齢が憶測できるようになっているようだ。

ハローワークでは、当然ながら、このような間接情報を掲載するわけには行かないので、求人票から事業者の本音を読み取ることはできない。そのため、苦肉の策として、職員が、会社に電話をかける際、年齢が高いと採用の見込みが薄いかどうか確認したりして対応している。

まさに茶番という他ない。意味のない規制を設けた結果、そのしわ寄せが利用者や現場職員に来ているのだ。

マザーズハローワークなども同様である。数年前まで、私は、交通の便のよい渋谷のハローワークをよく利用していたが、ある日突然女性専用のマザーズハローワークに変わってしまい、男性は利用できなくなってしまった。だいたい求人票に男女の区別を記載することすら禁じている人権感覚にやかましい役所が、建物を男女別々にすることには何も感じないのであろうか。そもそもハローワークを男女に分けることによって、どんなメリットがあるというのだろうか。女性専用車両とはわけが違う。マザーズハローワークという名前だけはカッコいいが、何となく時代の空気に便乗しただけだという気がしないでもない。

 ハローワークの正式名称は、今でも公共職業安定所である。このようないかめしい名前がついているのだから、国家権力を使って企業に対する規制や行政指導が行われているのかと言えば、そんなことはない。求人に男女差別や年利差別をなくすように強制する権限など当然持ち合わせていない。それで、求人の表記に規制を加えることによってお茶を濁しているだけで、利用する側からすればありがた迷惑な話である。

ならば情報量が多いかと言えば、民間の求人情報誌が多数発行されている中、この点においても情報誌に遥かに後れをとっている。

求人情報誌では、前述したように規制の隙間をくぐって、利用者の便宜を図るべくさまざまな工夫がなされているので、今後差はどんどん開いていくことだろう。

 また、ハローワークでは求職者に仕事を紹介した際、紹介状を発行し、面接の際それを先方に手渡すことになっている。そして、事業者は、採用・不採用の結果をハローワークに報告し、不採用の場合はその理由を書かなければならない。これなども、双方に負担を強いるだけで、何の役にもたっていない。採用・不採用は会社にとって影響が大きいので、こんなハガキ一枚で圧力がかかるはずがないのである。

 そもそもこんな小手先の方法によって、就職状況が改善されるわけがはない。もし規制をするなら、もっと強力なものにするか、事業者にメリットを与えるかである。

 規制として是非やってもらいたいこととして、悪徳企業対策がある。今日、悪事は、ほとんどの場合、個人ではなく会社という組織を通して行われている。それに一般市民を巻き込むようなことは、何としてでも防がねばならないはずだ。ハローワークや労働基準監督署はそのような情報が寄せられるポジションにあるのだから、それを積極的に収集・活用すべきであろう。それをしていないのは、怠惰と言えないだろうか。

一方、事業者にメリットを与える点に関しては、積極的に雇用した企業に対しては、税制上の優遇措置などのインセンティブを与えることだろう。きれいごとだけは並べるが、自分の財布を痛めることは一切しない、これが労働行政の本音と言っていい。

ここまで書いてきて、このような行政のあり方は、このブログでしばしば指摘している「肥大化したヒューマニズム」の構造ときわめてよく似ているのではないかという気がしてきた。あるいは、私自身が似たものに反応することの現れなのかもしれない。私からすれば、求人票に性別や年齢の記載を禁止することは、過剰なヒューマニズムである。今日、この手の人権感覚が、社会のあらゆる局面に蔓延しているのではなかろうか。表層言語のみで語られるこういった無用な人権感覚の正体について、我々はもっと注意を払うべきなのだ。

 

2009年7月20日 (月)

臓器移植法改正に思う

臓器移植法改正がA案で参議院も通過し、ようやく可決した。本当に良かったと思う。

逆に言えば、このようにまともな法案が通るために、何故12年もの歳月を費やさなければならなかったのか、ということである。

A案の骨子は次のものである。

    脳死は人の死である。

    本人及び家族は、脳死判定や臓器提供を拒否できる。

    提供者(ドナー)の年齢制限を撤廃する。

    本人の意思が不明の場合、本人代って、家族が提供を決定できる。

原則本人が意思決定するのが望ましいには違いないが、その年齢に達していなければ、家族が判断するより仕方がない。

A案に反対する家族の声として、もしこの改正案が通れば、脳死と判定されたら臓器を提供しなければならないという世論が強まるのではないか、といったものがあった。そして、この声に同調する専門家や議員たちも数多くいたに違いないない。しかし、そのようなくだらない理由により、長い間臓器移植が抑制され、助かる命が失われてきたのかと思うと、情けなくなってくる。親なら、決然と拒否すればよいだけの話ではないか。

これは、生命倫理の問題と言うより、個人主義が未塾な日本人の問題ではないかという気さえしてくる。複雑な問題であればあるほど、人によって意見がまちまちであって当然である。したがって、当事者が判断するのが一番望ましいに決まっているのだ。

慎重論の名の下にこの問題が長い間放置されてきたことは、犯罪に等しい。A案の中心人物、河野太郎議員は、不作為による間接殺人だと言っていたが、私も全く同感である。

もう一つ、慎重論の根拠となったものに、日本文化の特殊性があった。これは、1997年の臓器移植法の際設立された脳死臨調でも議論になった。同臨調の梅原猛などは、西洋文明では死んだら死体は物質になるが、日本人にはそのような見方に馴染まないと言って、脳死を人の死とすることに反対した。同臨調の米本昌平は、最初梅原と同様の立場を取っていたが、その後調査を行った結果、この問題における日本と西洋の差はないと結論づけ、自説を撤回している。

確かに、キリスト教的な考え方からすれば、死んだら魂は天国に行くので、遺体は魂の抜け殻に過ぎない。しかし、ヨーロッパ人の精神構造の基層にはキリスト教とは異なる土着的宗教観が残っており、これに関しては洋の東西の違いはそれほど大きくないのである。

このような議論はすでに終っていたのかと思っていたが、今回の改正をめぐって再び頭をもたげてきた。いずれにせよ、臓器提供しなければならない空気が強まるとか、日本文化の特殊性とか言った議論は、不作為による殺人を放置する理由としては、あまりにも馬鹿げている。

そして、この間、日本では移植ができないために、海外に渡航して移植手術を受けに行った人が多数現れた。プロレスラーのジャンボ鶴田は、フィリピンで肝臓移植手術を受けたが、その手術で亡くなっている。

渡航先として、アメリカ、オーストラリア、中国、フィリピンなどがあるが、正確な数は把握されていない。実態が把握されない理由の一つに、臓器密売の闇市場が存在することがある。梁石日の「闇の子供たち」は、これをテーマに取り上げたが、この小説は映画にもなっている(阪本順治監督)。

臓器売買によって移植手術を受けるなどというのは、けしてあってはならないことであろう。脳死移植ではないが、以前テレビで、あるアジアの貧しい村では、村人の約半分が腎臓を売っていることが紹介された。人によっては、腎臓摘出後体調を崩し、働けなくなってしまった者もいるという。腎臓の値段も日本円にすれば、30万円程度のかわずかな金額であった。

このような闇市場を根絶する上でも、国内の正規のルートで移植手術が受けられるような環境をいち早く整えるべきである。

体が温かく、髪の毛が伸びることもあり、死んだという実感がないため、死を受けとめることには抵抗があるという、親の気持ちはわからぬではない。しかし、脳死そのものが人工心肺によって作られた状態なので、生きていると感じるのはやはり錯覚にすぎないのだ。今後医療技術がさらに進歩していけば、脳死状態のままいくらでも延命させることが可能となるだろう。

これに類した問題は、認知症においてもある。認知症とは、身体をメンテナンスする技術と、脳をメンテナンスする技術との間におけるギャップがもたらした病と言えなくもない。将来、身体より複雑な構造をもつ脳における治療技術が発達すれば、この問題は解決されるかもしれない。しかし、その間に、身体の医療技術がさらなる進歩を遂げれば、ギャップは解消されないことになる。認知症は、延命治療によってもたらされたという、皮肉な側面をもっている。

以前、対称性と非対称性について述べたが(「肥大化ヒューマニズム」参照)、延命治療は、まさに非対称性の世界の典型ではなかろうか。非対称性は、人間に安全と快適さをもたらした一方、人間の反自然的傾向を助長させてしまった。医療の発達により、乳児死亡率は激減し、感染症を初めとする多くの病気が克服され、人間は他の動物とは比較にならぬほどの長命を獲得した。しかしその半面、人口は爆発的に増加し、人類全体の体重の総量は、他の生物種に比べて飛びぬけて巨大なものとなった。それが今日、地球環境に対する負荷の原因となっているのである。

また、日本のような先進国に限って言えば、年齢構成が逆ピラミット型になり、かつて経験したことのない社会が生まれつつある。昔も、80代、90代の老人はいたが、彼らはいわば超エリートで稀な存在であり、そのため尊敬もされてきた。しかし今日、人口構成における高齢者の割合が飛躍的に増加した結果、さまざまな問題を引き起こしている。これはまさに文明の逆説ではなかろうか。

以前NHKの「長寿の謎を解く」という番組で、家森幸男が、世界各地の食生活の疫学調査を行った結果、ウィグル族のカザフ族の食習慣を、野菜を食べないため短命であるとして批判していた。しかし、カザフ族の人々は、突然天に召されることは幸福な死に方であるとして、満足し喜んでいるのである。私はこの考えにも一理あると思う。彼らは、対称性に近い世界に生きており、長寿のみを基準に、ライフスタイルの是非を判断するのはいかがなものであろうか。

ハックスレーの「素晴らしき新世界」によれば、未来社会では、老人は青年のまま年を取り、ある日突然死する。この作品はアンチユートピアをモチーフに描かれたと言われているが、今日想像される未来社会はもっと悲惨でありかつ深刻である。すなわち、たくさんの医療機器にチューブでつながれた老人たちが、百年でも千年でも長生きするというものだ。さらにコンピューターによる脳へのプラグインが実現すれば、マトリックスのようにベッドで眠ったまま永遠に幻影を見せつづけることも可能となろう。延命技術の行き着く先は、恐ろしい未来なのだ。

過剰な医療行為は、肥大化したヒューマニズムの一つの現れに他ならない。そして、再三指摘しているが、それは、生存権が否定されている現実とのバランスにおいても問題視されなければならない。多数の路上生活者が行き倒れしている中、一握りの裕福な高齢者に対してのみなされる過剰な医療は、不公平以外の何物でもない。さらに、目を海外に転じれば、多くの子どもたちが今も餓死している。一部の人々のためだけの手厚いヒューマニズムなら、あえて放棄すべきではなかろうか。

 不老不死は、かつて権力者の究極の欲望であった。秦の始皇帝しかり、錬金術における賢者の石しかりである。そして、これは一部の特権階級のみに許された邪な欲望に他ならなかった。現代の過剰な延命治療も、これと似ているのではないか。だとしたら、たとえそれが技術的に可能であったとしても、あえて差し控えることも一考に値する。そのような医療からは、人類にとって幸せな未来は見えてこないと思われるからである。そして、無限膨張した人間観から等身大の人間観へと立ちかえるべきなのだ。

2009年7月10日 (金)

信長嫌い(2)

 先日のNHKの歴史秘話ヒストリア(謎の忍者軍団 知られざる“忍びの里”)で、信長によるジェノサイド(大量虐殺)の記憶が、今も生々しく語り継がれている町が紹介された。

1581年の天正伊賀の乱で、信長は、伊賀に対して6万の大軍を差し向けた。迎え撃つ伊賀勢は約九千。圧倒的な軍勢で攻め込み、神社仏閣を焼き払い、伊賀は大打撃を受けた。伊賀忍者の首領、百地三太夫らは柏原城に立てこもったが、信長は忍者を恐れていたせいか、和議を持ちかける。結局、百地三太夫らは紀州へ逃れることとなる。

同番組では、その百地三太夫の末裔と思われる百地氏が、天正伊賀の乱にまつわる忌まわしい記憶について語ってくれた。百地家では、今も、「ち」は血に通じるということで忌み嫌われ、そのため百地の読みも「ももぢ」ではなく「ももじ」なのだという。また、信長に対する反感は百地家だけではなく、地元の人々の間にもいまだに根強く残っているという。

また、百地氏は、無残に頭の砕かれた地蔵を指し、これも信長によって破壊されたものだと語っていた。

ちなみ、信長によって破壊された仏像は伊賀だけではなく、至るところにある。以前関西を旅したとき、このような仏像を私はいくつも見ている。関東にも、破壊された仏像はあるが、それは明治期の廃仏毀釈によるものである。

歴史上の人物を評価する際、ジェノサイドが見過ごされてよいはずがない。信長は、伊賀以外でもたくさんの虐殺を行ってきた。叡山焼き打ちなどは当時でも常軌を逸した行動であったし、長島一向一揆では、2万もの男女を焼き殺している。秀吉が調略を用い戦を避けたことと比べると、信長の暴虐ぶりはいっそう際立つ。「鳴くなら殺してしまえホトトギス」とあるように、稀有の殺人鬼だったのである。

ところで、前回「信長嫌い」で、信長の成果主義について触れた。このことを裏付ける本が見つかったので紹介したい。それは、

谷口克広「信長と消えた家臣たち」(中公新書)

である。

柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、滝川一益、池田恒興

これらの武将の名はよく知られているが、彼らは、信長の家臣団の中でも勝ち組みであった。

一方、一時は有力家臣でありながら、その後、追放されたり粛清されたりして、消え去っていった武将たちもいる。信長は、他の戦国大名と比べて、追放や粛清が異常に多かったと、同著では指摘している。

追放された家臣の中で比較的歴史に名をとどめているのは、林秀貞(通勝)と佐久間信盛であろう。林は織田家一番家老の出で、1556年、信長と弟の信行の家督争いの際信行側についたが、その後許され降格されることもなかった。しかし、その後24年も経ってから、このことが謀反の罪に問われ、追放されてしまうのである。柴田勝家も信行擁立に加わっていたが、柴田に関してはお咎めなしであった。

佐久間信盛も、織田家重臣の家に生まれ、家督争いの時は信長に味方し、その功績により筆頭家臣となる。その後も、主だった戦いでは常に活躍し、「織田株式会社の副社長」と言われる地位にいつづけた。

ところが、15808月、突然信長から19ヶ条にわたる折檻状を突きつけられ、高野山に追放されてしまうのである。高野山に落ちるときはつき従う者がわずか二、三名だったという。「信長公記」でも佐久間信盛の評価は高く、19ヶ条の折檻状の内容もほとんどが難くせに近いものであった。この中で、信長は「本願寺攻めに5年間もかかり、功績がない」などと非難しているが全くの言いがかりであろう。佐久間信盛は、織田家中屈指の勇将だったのである。

また、同書では、中川重政(柴田勝家と争い、改易)、塙直政(本願寺との戦いで討死。敗戦に怒った信長により所領を没収)、簗田広正(加賀の平定に失敗し失脚)、神部具盛(幽閉後失脚)、関盛信(幽閉)、津田一安(織田信雄により誅殺)、堀秀村(追放)、磯野員昌(追放)等のことが紹介されている。

この中でも、中川重政、塙直政、簗田広正、津田一安などは、柴田勝家らとも同格の有力武将であったが、信長に抹殺されたことによって、歴史から消えていくこととなる。

信長は合理主義者であり、有能な家臣を家柄に関係なく取り立て、今でいう成果主義をいち早く取り入れたなどと言われている。しかし、これらの事例を眺めると、合理主義とはかけ離れたものであったことがうかがわれる。ほとんど気まぐれに、長年仕えしかも功績のあった者をいとも簡単に使い捨てにした。これでは、忠義心など生まれてくるはずもないのである。正当な理由もなく追放したり粛清したりすれば、恐怖が支配するだけで、心から従う者など誰一人いなくなってしまうだろう。

そもそも成果主義とは、個人主義が成立した流動性のある社会においてこそ効果を発揮しうる。戦国武将の場合、家を重視するし、スカウトされた場合を除けば、他の大名の家来となっても重く用いられる可能性は少ない。だから、主君が末代に至るまで所領支配を保障する本領安堵という考え方の方が、武士社会においては合理的なのだ。

また、評価の基準は公正で客観的でなければならない。信長のように恣意的かつ感情的なやり方では、かえって逆効果であろう。これでは、いつ自分が言いがかりをつけられないともかぎらず、明日は我が身という疑心暗鬼が募るばかりである。そのため、それならいっそのこと、こちらの方から先に裏切ってやろうと考える者が出てきても不思議はない。

現に、謀反者が次々と現れ、信長はそれに苦しめられることとなる。天下の趨勢が定まった後も、松永久秀、別所長治、荒木村重による謀反が起こる。本能寺の変もこのような一連の動きの一つと見るべきであろう。

谷口は、明智光秀の謀反を起こるべくして起こったものだと指摘する。当時光秀は67歳だったとする説が有力だが、この説をとれば、光秀は信長や秀吉よりかなり年長だったことになる。さらに嫡男・光慶は13歳とまだ幼く、この年齢要因が謀反の動機の一つとなる。すなわち、光秀は恐らく信長より長く生きることはなく、信長の性格からすれば、自分の死後明智家を取りつぶす可能性がきわめて高い。そこで、乾坤一擲の賭けに出たというのだ。

いずれにせよ理不尽な成果主義が、信長にとって命とりとなったことだけは間違いない。

江戸時代、信長には全く人気がなかった。それは、庶民だけでなく、武士や学者の間においても同様である。例えば、新井白石などは、

「すべてこの人天性残忍にして、詐力をもって志を得られき。されば、その終わりを善くせられざりしこと、自ら取れる所なり。不幸にあらず」

と述べている。

つまり、本能寺の変は自業自得だったというわけである。

私は、この言葉に100%共感する。今まで、今日の信長評価に対してずっと違和感を覚えていたが、私の信長像は、江戸の人々からすればごく当たり前のものだったということになる。

信長の評価が急速に高まったのは、明治以降のことであり、それは天皇家を保護したことによるという。しかし、今日の評価はこれともまた異なり、創造的破壊のシンボルといったイメージが強いのではなかろうか。そしてそれは、多少の理不尽があっても時代を先に押し進めるためには仕方がないといった見方とも重なる。

そして、このような信長観は、経営者の独善・独裁に免罪符を与えているような気がする。経営者、特に中小企業の社長の中に、いかに信長気取りの輩が多いことか。信長のように、突然過去の失敗をあげつらねたり、難癖をつけて解雇するなどという例も枚挙に遑がない。

信長賛美の風潮には、経営者のわがままやパワーハラスメントを助長するといった副作用があり、さらにそれは、社会のモラルにも、悪しき影響を与えているのではないか。

NHK大河ドラマで、信長を批判的に扱った作品は一本もないが、信長の理不尽な言動や、虐殺に手を染めていたことは十分に読み取れる。それでも信長を英雄視するということは、これらの行動を許してしまっているということに他ならない。

しかし、江戸時代の人々はそうではなかった。すなわち、信長の残虐行為をけして許そうとしなかったのである。

当時の識者の信長評は、次のようなものである。

「孝行の道厚からず、ことに無礼におわせしによって、果たして冥加なく早く過させ給なるべし」(小瀬甫庵「信長記」)

「敵国の兵といえば、皆討ちも亡ばさでは叶わざるようにおわしまし」(小瀬甫庵「信長記」)

「信長猜忌、頼朝より勝れり。その残暴、頼朝のなさざる所なり」(太田錦城「梧窓漫筆」)

「局量の狭少なるは、遥かに諸将に劣れり」(太田錦城「梧窓漫筆」)

今こそ、江戸の人々の良識に、見習うべきではなかろうか。

2009年7月 6日 (月)

肥大化したヒューマニズム

大分以前のことだが、手塚治虫の漫画「マグマ大使」の実写版がテレビで放映されたことがある。その中に、少年が怪獣の人質にされたため、本来なら簡単に勝てる相手にマグマ大使が苦戦するという一話があった。しかし、アース(神のような存在)はマグマ大使に、たとえ人類が滅亡しても絶対に少年の命を犠牲にしてはならないと厳命を下す。たった一人の命を救うことと人類全体を天秤にかけることは、おかしいのではないか? 私は、子ども心に違和感を覚えていた。

1977年、日本赤軍が日航機をハイジャックし、バングラディッシュのダッカ空港に強制着陸した後、日本政府に対し身代金16億円と日本に勾留・服役中の赤軍派9名の釈放を要求した。当時首相だった福田赳夫は「人命は、地球より重い」と言って、この要求を呑むという決断を下す。

その後、ドイツでハイジャック事件が起きた際には特殊部隊を突入させ犯人グループを制圧したため、日本政府の対応は手ぬるいと批判を浴びたが、当時の福田首相の判断はむしろ一般的であった。しかし私がひっかかったのは、そのことではなく、福田首相の言葉である

人命を尊重することに異論はないが、「人命は、地球より重い」というのは、いくら何でも言いすぎであろう。言葉尻をとらえるつもりはないが、地球に67億の人口があるとすれば、単純計算すれば、地球の価値は一人の価値の67億倍でなければならないはずである。たとえヒューマニズムであっても、人一人の価値を地球大にまで膨張させるというのは、どこか病んでいないだろうか。

これらは、ヒューマニズム論じる上で象徴的なエピソードだと思う。これを私は、「肥大化したヒューマニズム」と呼んでいる。言葉を替えれば、人類の特権意識と言ってもよい。

ヒューマニズム(人間中心主義)というからには、これは人類のみに適用され、動物や他の生命体は対象外に置かれることになる。だから、生命尊重ではなく、あくまで人命尊重なのだ。そして、ヒューマニズムのもつ重要な側面は、人類のみを特権的存在と見なし、他の生命から区別することでもある。最近、地球環境問題への関心が高まり、自然との共生が叫ばれているが、人間を地球の中の一生命体ととらえる見方とヒューマニズムとは明らかに矛盾する。共生思想は、人類の特権性を放棄することにつながるからだ。

具体的な例を挙げよう。我々は、血のしたたるステーキを何の躊躇いもなく口にする。そして、この背後にある、家畜の大量虐殺という事実に、目を向けることはない。しかし、牛や豚には、犬や猫と同程度の知能があり、それでも無感動でいられるというのは、人類だけが特別という意識、すなわちヒューマニズムによるものだと私は解釈している。

ある小学校教師が、クラスで豚を飼育し、卒業時にみんなでそれを食べるという教育実験を行った。これは、「豚がいた教室」(主演:妻夫木聡)として映画にもなった。いのちの問題を考える上で興味深い試みだと思う。

何を馬鹿馬鹿しいと思う人がいるかもしれないが、少なくとも大昔の狩猟民族には、狩りの獲物の肉を食べるときに、後ろ髪引かれる思いがあった。

そして、これを思想的問題としてとりくんでいる者がいる。中沢新一である。オウムに協力したことでマスコミや学会からパッシングを浴び、しばらく沈黙していたが、最近、次々と著作を発表している(「精霊の王」講談社 他)。これらの著書で訴えている内容は、一言で言えば、「動物を殺すな」ということである。かつてニューアカデミズムの旗手としてもてはやされた中沢にしてはあまりにもシンプルで、ちょっと意外に思われるかも知れないが、彼の関心が今ここにあることは間違いない。

中沢は、この問題を論じる際、文化人類学的知見を用いている。そして、自然と人間とが対等に近い関係性を持っていたかつての世界観を「対称性」と言い、現代人は「非対称性」に陥っており、ここに現代文明が抱える病根があると指摘する。

著書では、主にアメリカ原住民など、狩猟民の神話が紹介されている。狩猟は、弓矢や槍をもって行われるが、この程度の武器では、人間は動物に対して圧倒的優位に立つことはできない。そのため、返り討ちにあって殺されることもしばしばある。そして、獲物を食べる際、自分も殺される危険性があったのだから食べることを許してほしいと祈るのだという。対称性とは、このような人間と動物との力関係のことを意味する。

イルクーツクの神話によれば、ある日、このバランスを崩す決定的な出来事が起きる。すなわち、突然恐ろしく斬れる鋭利な刃物が出現し、人間はそれを使って動物たちを次々に殺しはじめたのだ(神話では動物同士の争いになっているが)。この鋭利な刃物というのが、実は日本刀だったのだ。年代は忘れたが、恐らく11~13世紀頃のことであろう。これは、当時から日本とこの地域に交易があったことを示唆するが、この点については、中沢の叔父、網野義彦の著作に詳しい(「日本社会の歴史」岩波新書)。

ところで、中沢のいう対称性の世界観を見事に実践した日本人がいる。それは星野道夫である。星野は写真家で、アラスカで自然や動物の写真を撮り続けた。そして、アラスカを度々訪れ、現地のエスキモーとも交流を深め、彼が最初に発表した写真集「GRIZZLY」は大反響を呼んだ。その後も写真集やエッセイを書き続けたが、1996年、皮肉にもグリズリーによって命を奪われるのである。享年44歳。まさしく対称性の世界に生きた生涯であった。

我々の自然の脅威から隔絶された非対称性の世界に生きている。そして、その中で、ヒューマニズムや人類の特権意識もまた肥大化していったのである。対称性の世界では、自然に対して謙虚になるが、それは人間の自然に対する相対的価値の低下をも意味する。まかり間違っても、「人命は、地球より重い」などという発想は、生まれてこないのだ。

もう一つ、肥大化したヒューマニズムは、その欺瞞性においても批判されるべきであろう。たとえ絵空事であっても、現実を変えていく力になれば、それなりに評価もできよう。しかし、現実には、「人命は、地球より重い」どころか、最低限の権利である生存権すら否定されているのだ。それは、今巷に溢れているホームレスの人々の実態を見れば、明らかであろう。

憲法で生存権と一番関連の深い条文は25条である。すなわち、

「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

である。

憲法25条には、朝日訴訟という重要な判例がある。

1957年、国立岡山療養所に入所していた朝日茂氏が、月額500円の生活保護給付金では生活できないため、憲法25条に違反するとして厚生大臣を相手どって訴訟を起こした。第一審(東京地方裁判所)では原告が全面勝訴したが、第二審(東京高等裁判所)では敗訴した。その後上告中に朝日氏が死亡してしまったため、養子夫妻が裁判を続行しようとしたが却下されてしまった。

二審の東京高裁が原告の請求を棄却した根拠は、いわゆるプログラム規定説である。プログラム規定とは、実質的には国の努力目標や政策的方針を規定したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではないとする考え方だ。要するに、憲法25条はあくまで努力目標に過ぎず、具体的に社会保障をどう実施するかは厚生大臣が決めてよいことになる。その結果、厚生省の監督下にある各自治体の生活保護担当者が給付を認めるかどうかを勝手に判断することができ、憲法25条は骨抜きにされてしまったのだ。

各自治体の担当者の胸先三寸というのは、けして大げさではない。あるケースワーカーは、生活保護の希望者が3回頭を下げてきたら初めて話を聞いてやるなどとうそぶいているそうである。これは、知合いの生活保護担当者から直接聞いた話なので間違いない(もちろん言った本人ではない)。

1957年当時は、戦後間もなくで日本も貧しかったので、裁判官には、生活保護費をどんどん支給していったら財政が破綻するという思いがあったのであろう。ならば、せめて80年代の日本経済の絶頂期に、プログラム規定説を見直す判決が出てほしかった。

今日、野宿する人で溢れ、彼らの生存権があやぶまれ、実際に多くの人が命を落としている。冬の寒さを考えれば、死なない方が不思議なくらいである。

ホームレスの支援活動をしている人の話によれば、65歳以上でないと生活保護を受けるのは難しいということだ。法令で明記されてはいないが、そのような暗黙の了解があるらしい。しかし、リストラされた派遣労働者のほとんどはこの年齢に達していない。ホームレス生活者の生存権保障に関する施策は、おそまつという他ない。

その代わり何がなされているのかと言えば、公園を夜間閉鎖してホームレスの人々を締め出したり、ベンチにわざと凸凹をつけ、寝せないようにすることだ。

「人命は、地球より重い」などという高邁な理想を掲げる前に、まず目の前の現実に取り組んでほしい。

2009年7月 1日 (水)

金持ちは悪だ

私は「オーラの泉」のファンである。先日、同番組のゲストに假屋崎省吾が登場し、自慢の豪邸を披露し、そこで番組が進行した。世界中の美しい物を自分の目で確かめて集めたというだけあって、まるでヨーロッパの王侯貴族のように、豪華なシャンデリアや美しい家具調度で埋めつくされた部屋を次々に案内した。そして、美輪明宏や国分太一も、假屋崎の目利きぶりを称賛した。

しかし私は、この光景に少し違和感を覚えていた。假屋崎は、パートナーと二人だけでここに住んでいるという。そして、各室に大きなシャンデリアがあるため、電気代だけでも月に10万円はかかるそうだ。江原啓之は、この中で必要な部屋は三つだけだなどと指摘していたが、贅沢にしてもちょっと度を越しているのではないだろうか。

ちまたでは、野宿し明日の生活さえ保証されない人々が、次々に命を落としている。そういった状況の中で、王侯貴族のような贅沢三昧の暮らしをすることが果して許されるのだろうか。美輪は、苦労してきたことに対する神様のご褒美などと呑気なことを言っているが、美輪は、貧しい人々への応援歌である「よいとまけのうた」を歌っていたのではないのか。たとえ悪辣な手段で儲けた金でなくても、一個人への行き過ぎた富の集積は、やはりそのこと自体が非難に値すると思う。

実は、この「オーラの泉」の前日に放送された「朝まで生テレビ」の中で、私はある懐かしい言葉を耳にした。

それは、

「金持ちは悪だ」

という言葉である。

発言者は森永卓郎である。これに対して堀紘一が、すかさず、「あなた税金5000万円以上払っているということは、年収は1億以上ですね」とつっこみを入れていたが、森永は、「この中では僕が一番税金を払っているかもしれませんね」と平然と答えていた。

私は、森永が高収入を得ているからと言って、言行不一致だとは思わない。森永は一貫して格差社会を助長する政策を批判してきた。そして、現実が彼の言った通りになり、その結果テレビの出演回数が増え、本も売れるようになっただけの話である。むしろ、金持ちになってもなお「金持ちは悪だ」と言える潔さに敬意を表したいくらいだ。

「懐かしい」と言ったのは、一昔前は、「金持ちは悪だ」という言葉にそれほど奇異な印象を受けなかったからだ。それは、共産主義社会への夢がまだついえていなかった時代のことである。マルクス主義は、労働者から搾取する資本家、すなわち、金持ちは悪であるという観念をもたらした。また、当時はこの思想を掲げる労働組合も強かったので、社会通念とは言わないまでも、金持ち悪徳説に共感する人々も多かった。

ところが、ベルリンの壁が崩壊し、共産主義の本家であるソ連や中国が体制を資本主義よりに変えることによって、来るべき理想社会の目標を失い、金持ち悪徳説もまた衰退していったのである。

近年、新自由主義や金融資本主義が横行し、マネーゲームに明け暮れる連中が途方もない大金を手にする時代になってしまった。これにより、金持ち悪徳説が再び息を吹き返しつつある。そういった中で、森永の言葉は説得力を持ち、心に響くのである。

ところで、金持ちを悪徳とする見方は、資本主義社会固有のものであろうか。もちろん江戸時代にも、ネズミ小僧のように、大商人の蔵から金品を盗みだし、庶民にばらまく盗賊は義賊としてもてはやされた。

しかしさらに時代を遡れば、一個人に過剰な富が集積することを忌む観念は、世界中に存在したと思う。

例えば、文化人類学では、ポトラッチという行動が観察されている。ポトラッチとは、チヌーク語で「贈与」のことを意味し、北太平洋沿岸の北米インディアンに見られる。部族の中で地位や財力のある者は、それを誇示するために、高価な贈り物をする。すると、贈られた者はさらにそれを上回る贈り物を返し、それを繰り返す。これはどんどんエスカレートしていくという。

かつて栗本慎一郎は過剰‐蕩尽理論を主張し、このポトラッチに着目した。そして、このような行動原理は、現在の経済活動にも影響を与えていると指摘している。日本でもかつて、御柱祭りなどでは、親戚や知人を招いて大盤振る舞いするという習慣があったが、これなどもポトラッチに似ているのではないか。

網野義彦によれば、贈与には、通常原始的な宗教観念が伴うということである。例えば、富を集積すると邪気も蓄積され、富をすべて放出しつくさないと、邪気によって、病気や不幸になったりするといったものだ。

もちろん迷信に違いないが、それでも、富の集積を忌む観念は、貧富を是正し平等化を促進する役割も果たしていたはずである。一方、この観念が、ネガティブな方向に働くとユダヤ人差別につながったりする。

ユダヤ人差別について一言だけ言うと、阿部謹也によれば、ユダヤ人は昔から差別されていたわけではなく、13世紀頃までは、むしろ優秀な民族としてヨーロッパ社会の中で尊敬されていたという。それが、重商業主義(15~18世紀)の発展に伴い、彼らを賤視する傾向が生まれてくる。そして、早い段階からユダヤ人には金融業者が多かったという。シェークスピアの「ヴェニスの商人」が発表されたがのが、1590年代なので、その頃にはすでにユダヤ人差別が定着していたことになる。

ところで、日本においても、ポトラッチ的なものがあったかと言えば、私はあったと思う。先ほどの御柱祭の例もそうだが、江戸時代に粋とされた「宵越しの金は持たない」などとも共通するのではないか。ポトラッチは、蓄積された財を一気に消費することである。「宵越しの金は持たない」は、一日汗水流して働いた金を一晩で使い果たしてしまうことをさす。

江戸研究家の故・杉浦日向子は、引っ越しが大好きで、引っ越しの時多くの家財道具をいっぺんに処分してしまい、そのことが快感なのだと述べていた。まさしく粋を実践していたわけだ。

近代社会は、ポトラッチ的風習や粋の精神を不合理であるとして退けたが、そのなれの果てが強欲資本主義である。強欲資本主義の本場アメリカでは、破綻した投資会社の役員が何十億もの報酬を得ているという。彼らは、このような金に邪気が宿るとはもちろん考えないだろう。一方、ビル・ゲイツやジョージ・ソロスは慈善活動に熱心なようだが、彼らには昔の人の感覚が少しは残っていたのかもしれない。

金持ち悪徳説は、復権されるべきなのだ。

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