不受理・不起訴の闇
もう7、8年前のことになるが、私の父が、世田谷区内で、小学1年生ぐらいの子供がトラックにはねられるところを目撃した。警察がすぐにやってきて、トラック運転手と子供に事故の状況について尋ねていた。幸い子どもに大した怪我はなかったようだったが、その時運転手が語っていた内容が事実と明らかに違っていたので、父親が口を挟んだところ、警察官から「あんたは、いいから」と言われ、肩を手で押されたという。相手が幼児なら、加害者は自分にとって都合のいいことばかり話すに決まっている。それゆえ、第三者による中立的な目撃証言が、一番客観性が高いはずである。しかし、警察はそれに全く耳を貸そうとしなかったのだ。
帰った父親からその話を聞き、私は怒り心頭に発し、すぐに110当番通報した。事故の概要を述べた後、「だから、警察は信用されないんだよ」と皮肉を言った覚えがある。当時警察の不祥事が話題になっていたからだ。
その後、私のところに世田谷警察署の若い警察官からおどおどした口調の電話が入った。それでも、私が納得しないと見ると、今度は、Uという中年警察官による恫喝めいた電話がかかってきた。まるでヤクザのやり口と同じだった。
2、3日に経って、父親から、世田谷警察署から呼び出しを受けたという報告を受けた。調書を取られたわけでもなく、大した進展もなかったようだが、もうこの件には関わりたくない様子だった。
私は、怒りが収まらず、漫画「カバチタレ」(原作:田島隆)の中で、警視庁に異議申し立てをする際、監察官室に上申書を出すという話があったので、警視庁の代表に電話をかけ、監察官室につないでくれと言ったが、広報に回された。そこでもノラリクラリとした対応を受け、結局動いてくれなかった。さらに、検察庁にも電話すると、検事らしき者が出てきて、警察ともっと話し合ったらいかがですかなどと説教され、それでおしまいであった。
警察関係者に話してみても埒があかないので、地図で事故現場から一番近い小学校を探し出し、そこに電話をかけてみた。すると副校長が出てきて、その事故のことを知っていた。そこで、もし紛争になっているようなら、うちの父親が証人になると言うと、お礼を言われ、とりあえず両親にこのことを伝え、折り返し連絡すると言われた。数日後、副校長から電話があり、子供の怪我は大したことなかったので結構ですと親から言われたとのことであった。やれることはすべてやったと思ったが、やはり釈然としなかった。
それからしばらくして、寺沢有(『警察庁出入り禁止』風雅書房他)という警察不祥事の問題を追及しているジャーナリストの講演会があったので、聞きに行った。若いがなかなか気骨のあるジャーナリストで、非常に面白い内容であった。講演終了の後、名刺を交換し、この事件の経緯をまとめたレポートを手渡すと、数日後メールが届き、証拠がないので取材は難しいだろうとのことであった。
これで、もうこれ以上この問題にはかかわるまいと諦めたのであった。
ところで、裁判員制度がスタートして、世間の注目を浴びている。しかし、事件が起きてから起訴に至るまでのプロセスは、今もブラックボックスの中にある。つまり、誰からのチェックも受けないということだ。裁判制度よりむしろこの方が問題なのではないかとさえ思えてくる。今回のように、警察から無視されるというケースは、けして少なくないからだ。
警察で門前払いされたことで問題になったのが、桶川ストーカー事件(1999年)である。この事件では、女子大生が執拗なストーカー行為を受け、埼玉県上尾警察署に何度も相談に行き、告訴状を出していたにもかかわらず、警察は全く捜査せず、結局殺されてしまい、犯人も自殺するという最悪の事態を迎えた。ストーカー規制法は、この事件をきっかけにできたものである。
しかし、その後も警察は懲りる様子もなく、相変わらず門前払いは起きているようだ。先日知人の母親が振込め詐欺により100万円の被害を受けたため、警察に相談に行ったが、全く取り合ってくれなかった。母親には認知症があり、振り込んだことを全く覚えておらず、被害の自覚すらなかったからだ。家族の者が来ても、被害届は受け付けてくれないらしい。しかし、通帳には送金した記録があり、銀行の監視カメラでも本人がATMを操作している映像が残っている。誰かわからない相手に100万円もの大金を送るわけがないのだから、振込め詐欺に決まっているのだが、それでもダメなのだ。
些細なことだが、私の携帯に架空請求のメールが届いた時にも警察に連絡したのだが、返事しないようにと言われただけであった。架空請求のメールには、先方の電話番号が記載されており、これにより悪質な業者を捜査できると思ったのだが、そういうことは一切やらないらしい。
このようにたとえ警察に相談に行っても、被害届を受理するかどうかは、一方的に決められてしまい、受理されなければ泣き寝入りするより仕方がない。
被害届が受理され、捜査が行われ、犯人が逮捕されても、起訴するかどうかは、検察の胸先三寸である。日本の場合、不起訴の割合は20パーセント前後である。
先日、NHKのクローズアップ現代で、検察審査会のことが取り上げられていた。検察審査会とは、国民の中から抽選で選ばれた検察審査員により、不起訴処分の善し悪しを審査するという制度である。あまり知られていないが、意外と古い制度で、検察審査会法は昭和23年に成立している。佐野洋の「検察審査会の午後」という小説もある。
しかし、これまでは、検察審査会による「起訴相当」という勧告が行われても、最終的な決定権は検察庁が握っていたため、そのまま不起訴処分にしてもかまわなかった。実際、検察審査会の勧告を無視して不起訴になったケースは少なくない。そして、被害者家族が不起訴になった理由を知りたくても、その判断基準さえ開示されることはなかった。だから、被害者家族は検察庁の言うことを、黙って受け入れるより他なかったのである。
ところが、今回、司法制度改革の一環で検察審査会法が改正され、今年の5月からは、検察審査会の勧告に法的拘束力が認められるようになった。これにより、検察庁は、検察審査会の決定を無視できなくなったのだ。
裁判になる手前の段階で、警察や検察の判断によって、多くの場合、物事が勝手に決められてしまう。この決定が正しければ別に問題ないが、人間のやることだから当然誤りがある。その場合、被害者家族は救われないことになる。民事なら訴えれば、とりあえず裁判に持ち込むことは可能だが、刑事事件の場合それができない。この辺に、民事と刑事の大きな違いがある。
そして、裁判制度に問題があることは、今さら言うまでもない。現在、起訴された事件の有罪率は99.9%である。つまり、無罪判決は千回に1回しか下されないことになる。この確率は、ベルトコンベアーに流れてくる製品の検品作業で不良品を発見する割合に近い。いや、不良品ならもっと多く見つかっているかもしれない。このような状況の中では、無罪判決を出す時裁判官に大きなプレッシャーがかかるのは当然であり、このことは、元裁判官によっても語られている(井上薫、秋山賢三)。そしてこれが、冤罪の原因になることは言うまでもない。また、起訴した以上、検察も面子がかかってくるので、不利な証拠は一切出さないといったことにもつながってくる。
先日、渡辺謙主演「平塚八兵衛 刑事一代」が放送された。渡辺謙の熱演でドラマとしての出来は良かったが、あの中で扱われた帝銀事件の平沢貞道は冤罪の可能性がきわめて高いと言われている。そして、我々が見てきた刑事ドラマも、警察が絶対正義であるというイメージを振りまくものばかりである。
絶対正義を希求する大衆心理はどこか幼稚であり、そこには、神の裁きにも似たイメージが重ねられているのではないか。成熟社会を迎え、そろそろこういった意識から脱却しなければならない。そのためには、警察や検察のブラックボックスにメスを入れるような仕組みを作らなければならないだろう。検察審査会法の改正は、その第一歩である。
また、マスコミも、警察や検察情報に頼っているため、警察や検察を徹底的に追及することができない。元大阪高検公安部長の三井環が、検察の裏金問題を告発したが、大手マスコミは一部を除きほとんど報じなかった。警察の場合、反対派閥からのリークがあるため比較的発覚しやすいが、検察の場合は一枚岩の硬い組織なのでリークは稀で、たとえあってもこのケースのようにマスコミによって握りつぶされてしまう。このようなマスコミの警察・検察依存体質は、いち早く改められねばならぬ。
寺沢有は、講演の中で、面白いことを言っていた。それは、第二警察のようなものを作って、別々の組織が互いにチェックするような仕組みを作らないかぎり、警察の不祥事はなくならいだろうというものだ。まさに卓見である。寺沢ら心あるジャーナリストの活躍を、心から期待したい。
そして、犯罪が、警察と検察の思惑によって取捨選択され、冤罪が量産されていく世の中を根本的にChangeしてほしい。


こんにちは。おっしゃる通り、警察なんて胡散臭い組織の筆頭ですね。私は常々、何か事がおきたら弁護士を通して告訴告発しようと思ってます。素人が被害届など出したところで、受理も実際の対応も義務じゃないと聞きました、ズボラな警官に当たったら悲惨ですので。
投稿: dd | 2009年7月 1日 (水) 23時14分
いつもコメントありがとうございます。励みになります。今の警察には何も期待していません。
投稿: 貧乏マン | 2009年7月 2日 (木) 09時40分